北海道ツーリング - オロロンラインから利尻島と礼文島

〝始動の儀式〟

  ぼくのバイクは、軽量化のためにバッテリーはなく、キックで始動する。
  1. まずバイクにまたがり深呼吸をして精神統一を図る。
  2. 次にステップ上に置いた脚のヒザが伸び切るほど腰を高く持ち上げる。
  3. そしてお尻をシートに下ろすとともに右足を屈伸させ、全身から振り下ろされるエネルギーをキックペダルに伝える。
  ご機嫌が悪いときには50回続けてもエンジンはかからない。 
  日高の山奥でエンジンがかからずヒグマの恐怖におびえたり、誰もいない海岸で動かなくなったバイクをおし歩いたこともあるが、それでもぼくはこのバイクがけっこう気に入っている。

徹夜明けの朝、久しぶりにオートバイで遠出する気になった。寝袋とわずかな着替えを入れたナイロンバッグを後部シートに縛りつけた。〝始動の儀式〟を3回で終え、朝8時に走り出す。北へ向かうと決めているが、具体的なプランはない。

オロロンラインを北上

札幌から日本海に沿って北へ延びる道路は、オロロンラインと呼ばれる。途中には無数の絶景ポイントがあり、バイク雑誌の「夏の北海道特集」に欠かせない定番のひとつだ。ぼくは、運転に集中することで眠気を押し殺しながら、オロロンラインを北へとオートバイを走らせた。

そうして、札幌から20kmも走ると、クルマはまばらとなっていった。それでも時速70キロ以下で走っていると、次々に追い付いてきたクルマに抜かれていく。

バイクの上で眠気と闘い、そして風の抵抗をさけるために、立ったり伏せたり足を投げ出してみたり、いそがしくポジションを変えながら北上を続けた。

やがて、増毛(ましけ)の町が近づいてきた。増毛は毎年8月に開かれる日本海オロロンライントライアスロンのスタート地点となっている。この大会は、『鉄人レース』と呼ばれるトライアスロンのなかでも、日本一長い距離を走るレースとして知られている。ぼくは2年前にこの大会に出場したことがある。トライアスロンにでたのはそれが最初で最後だ。

そのレースでのぼくは、向かい風で大きくタイムロスし、自転車の区間を走り終えたところで棄権させられてしまった。

オートバイで同じ区間を走りながら、「よくこんなところを自転車で…」と自分でも感心する。どこまでいっても景色が変わらないのだ。もちろん、北海道らしい雄大な景色なのだが、オートバイで走っていてもウンザリしてくるほど同じ景色が延々と続くのだ。

展望台のある岬

初山別(しょさんべつ)の町を抜けると、太陽も大きく傾き、そろそろ寝る場所が心配になってきた。そんなとき前方の岬の先端に白いドーム上の建物を発見した。岬へ向かう道路の入り口には看板がある。

看板の示す岬の方へ進路をかえると、ほどなく、白い展望台に到着した。すぐ傍らには公営ホテルがあり、温泉にも入れそうだ。そしてキャンプ場には、キノコ状のバンガローが海に向かって並んでいる。ぼくは夕日が沈むのを眺めた後、温泉に入り、そして“キノコ”のひとつを借りた。ソロライダーにとっては最高の寝床だ。

それから展望台に入って、おおきな天体望遠鏡をのぞきこむ。数十万個の星団や、爆発した星の周りを囲むドーナツ状のガスが見えた。下の階には、この展望台の案内写真が並んでいる。どうやらテレビドラマ『白線流し』のロケ舞台だったらしい。

“キノコ”に戻り、寝袋にもぐりこむ。岬の絶好の場所に立つキノコの中は、だいたい8帖分くらいの広さだ。ひとりで寝るには贅沢すぎる場所で、ぼくは泥のように眠った。

窓から差し込む朝日で目がさめた。時計はないが、太陽の高さは朝6時頃を示している。ぼくは缶コーヒーを飲んですぐに出発した。

きのうより雲が多いが、ここまできたらサロベツ原野まで行かずには帰れない。天塩(てしお)のコンビニでおにぎりを買って、すぐそばの鏡沼キャンプ場のベンチで朝食にした。この場所は、ライダーが寝泊りするには絶好の場所なのに、夏休み前のせいか、バイクは4台しかない。

ひたすら真っ直ぐな道

北海道ツーリングの注意
  北海道では夏の間だけしかバイクが走らないため、北海道のドライバーはバイクを追い越すことに慣れていない。なかには50cmくらいの間隔しかとらずに追い越すクルマもある。
  驚いてハンドル操作を誤り、転倒するライダーもいるだろう。そしてもし死んだとしても、「スピードの出し過ぎでハンドル操作を誤ったんだろう」とお決まりの推測をされるのが関の山だ。

天塩川を渡り、ほどなくするとサロベツ原野に突入した。ひたすら真っ直ぐな道路を時速70キロを超えないように走る。追いぬくクルマは90キロ以上だ。

ところで、ぼくが70キロで走るのは、風の抵抗と疲労のバランスを考えてのことだ。けっして安全を考えてそうしているのではない。もし安全を第一に考えるなら、ほかの車と同じように90キロ以上で走って抜かされないようすることだろう。

もちろん、ぼくもずーっと70キロで走っているのではなく、ときどき100キロ以上のスピードでバイクを走らせる。こうして走りに変化をつけることによって、ライディングの緊張感を保つのだ。

稚咲内(わっかさかない)で右折し、レストハウスで休憩をとる。雲はだんだん多くなっていた。東京からスクーターでやって来たライダーは「雲の少なそうな南へ行く」という。彼に限らず、ライダーは天気に敏感だ。晴れたら天国、風雨なら地獄、これがツーリングだ。

ぼくもサロベツ原野を1周して帰ることに決めた。兜沼(かぶとぬま)を周ってサロベツ原野の西側を走る。バイクの機動力を生かして、気になるスポットはほとんど全て寄り道する。

クルマだと「せっかく来たのになーんだ」と感じさせてしまうような期待はずれの場所も、バイクだと苦にならない。

ビジターセンターの展望台より

幌延(ほろのぶ)ビジターセンターへ到着すると、いままでの曇天がうそのように空はすっきりと晴れていた。ここは2年前のトライアスロンで向かい風の最も強かった場所だ。たしかここに給水所があったはずだ。レースのときは、強い向かい風のなか、ぼくは止まりそうなスピードで自転車をこぎつづけて挫けそうだった。でも、休んでしまったら二度と走り出せなくなりそうな気がしたので、休まずに通過したポイントだ。

ぼくは展望台に登り、海を遠くに見ながら、予定を変えてその向こうにあるはずの離島に行くことを決めた。

最高のロケーション

原生花園を抜ける道

そうしてまた北へ向けて走り出した。ぼくはこれまで経験したツーリングのなかで、こんなに恵まれた天候のなかで最高の場所を走ったことはない。風もほとんどない。空はますます青さを増していくようだった。

途中、海岸にでて、砂浜を北へ向かった。道につながってなければ、またひき返してこなければならない。でもそんな心配を打ち消してしまうほど最高の気分だ。

離島に向けて


利尻行きのフェリー

午後2時頃、稚内(わっかない)のフェリー乗り場に到着した。利尻(りしり)に行くか礼文(れぶん)にするか、それとも両方行くか迷ったあげく、両方に行くことにした。もう2度とこんな遠くまで来ることはないと思ったからだ。利尻には温泉があるようなので、先に利尻へ行って、そこで泊まる場所を探すことに決めた。

食事を済ませフェリーに乗りこみ、甲板で眠った。周囲の人々の歓声で目を覚ますと、まるで覆いかぶさってくるような利尻山の威容があった。

鴛泊(おしどまり)港には午後5時半に上陸した。日が沈むころに島の西側にたどり着くように、時計回りのルートを決めた。山の影を避けて走って、島の西側で夕日を見るためだ。走り出すと、まもなく「姫沼」の看板が目に入った

姫沼の木道

蛇行する坂道を一気に駆け上り、バイクを駐車場にとめた。吊り橋を渡ると、小さな湖がポツンと佇んでいる。湖で戯れる水鳥たちを静寂がやさしく包んでいる。ぼくと水鳥のほかには誰もいない。

湖の木道を歩いていると、入り口のほうで奇声が上がり始めた。どうやら観光客の集団がやってきたようだ。ぼくは早々と退却を決め、海岸を左手に見ながらまたバイクを走らせる。

だんだんと日が落ちてきたので、念のために、今晩の寝床をチェックしながら走った。有力候補はバス停だ。道北のバス停は小屋状になっていて、扉も閉められることが多い。厳寒期の風雪を避けるためだ。

いくつかのバス停のぞいてみると、清潔ではないが敷布が置かれていたりする。外からカギをかけられることもなさそうだ。

しばらく走って、岬をひとつ駆け上がってみると、眼下に湖が見えた。オタトマリ湖だ。

オタトマリ湖と利尻山

湖のほとりの駐クルマ場にバイクを止めるが、エンジンは切らなかった。〝始動の儀式〟がつらいのだ。

あとで知ったのだが、オタトマリ湖は利尻山がもっとも美しく見える場所として知られている。たしかに絶景だった。が、バイクのエンジン音が気になったので、すぐに出発した。

漁港の夜

しばらく走ると沓形(くつがた)の町へ入った。島で一番大きな町だ。観光の案内板にそって走ると、沓形岬公園についた。岬公園の内にはキャンプ場もあって、たくさんの家族づれやライダーたちがテントを張っている。

日暮れも近いので、とりあえずここで夕日を眺めることにしよう。この岬は夕日見物の名所なのか、大勢のひとが次々に集まって来る。

何も持たない旅
 ぼくがキャンプをしないのは、テントを持っていないからだ。
 それに最小の荷物で旅することは性にあっているし、暗くなり始めてから寝る場所探しに焦るのも苦痛ではない。
 さらに、起きて出発するまでの時間が5分で済むのだ。

夕焼けの鮮やかさに明日の好天を確信し、ぼくは寝床を探しに出かけた。

島の東側には“扉の閉まるバス停”がたくさんあったのに、こちら側にはそれがまったくない。ぼくは次第に焦りはじめていた。ようやく海岸付近で廃屋のような小屋をみつけた。今日はここを借りることにしよう。

寝床が決まれば温泉だ。みさき公園の近くで発見した温泉に入った。風呂から出るときに体重計にのってみると2キロ減っている。その晩はまともな食事をすることを決め、「鍋ちゃん」という居酒屋ですこしだけ贅沢をした。

食事を済ませて“海辺の寝床”へ戻った。海まで50メートルのその場所では、波の音が絶え間なく聞こえる。空にはたくさんの星がまたたいている。星空をみながら、子供のときにもっと星座の見方を勉強しておけばよかったと後悔する。

タバコを一服して、横になる。小さな窓からはすこし星が見える。

漁師のクルマのエンジン音で目がさめた。太陽の高さからみると午前4時くらいだろう。すこし早いが、起きて出かけることにする。バイクも3回のキックで目覚めてくれた。

ウニ漁の小船を横目に、森林公園のキャンプ場まで移動する。顔を洗い、鳥たちのさえずりが心地よいので、しばらく公園を散歩した。まだ、キャンパーの起きる気配はない。

それから、この島での最後の目的地、甘露泉水へ向けて走り出した。

いつか利尻山に


利尻山への登山道

甘露泉水(かんろせんすい)は、登山道(鴛泊ルート)の途中にある。登山の出発点になるキャンプ場からは歩いて15分ほどの場所だ。ぼくは、バイクを停め、まだ就寝中のキャンプ場を抜け、登山道を歩き出した。

写真を撮ったりしながらのんびりと登っていると、ひとりの登山者と並んで歩くことになった。そしてどちらからともなく会話が始まった。登山者は、定年後の趣味として、日本中あちこちの山に登っているらしい。

「あんたも登ればいいのに」

「登山は50過ぎの楽しみにとってある」

本当はぼくも登りたいと思っていた。でも、海抜ゼロから立ち上がる標高1700メートルの山に、モトクロス用のブーツで登るのは不安だった。 

甘露泉水を飲んでから、キャンプ場まで降りて、キャンパーに時間を聞くと、まだ朝の7時前だった。フェリー乗り場までおりて、礼文島行きの出航時間を確認すると10時05分だ。時間はまだまだたっぷりとある。ぼくはフェリー乗り場の前にある食堂で朝食をとった。

そして礼文島へ

礼文行きのフェリーは、所要時間がたったの30分だ。『花の浮島』と呼ばれる礼文島に期待しながらも、次第に怪しくなる雲行きに旅の意欲をかき消される。

礼文島は利尻島と違って平たい島だ。フェリーが礼文島に近づいても、利尻島のときほどの感動はなかった。天気はますます悪くなり、風も出てきた。上陸すると、雨はいまにもふり出しそうだった。さっさと見物して、とっとと今日の便で帰ろうと思った。とりあえず猫岩と地蔵岩のある港の西側に向けて走り出した。

10分もすると、西側の海が見えるとともに晴れ間も見えてきた。メノウ海岸へ到着するとすっかり晴天となった。天気は西から変わるものだが、この変わり身の早さにはあきれるほどだ。しかし好天になる分に文句はない。

メノウ海岸には、利尻になかった土産物屋が並んでいた。気彫りの店で店主が話しかけてくる。ぼくのひげ面が気になったらしい。

―― 何の仕事してんの?

「…フリーライター」 ちょっと考えて答えた。

―― 何書いてんの?

「社会問題」 こんどは即答した。

―― そんなんで金になるの?

「カネはまったく稼げない」 笑って答えた。

メノウ海岸にならぶ猫岩と桃岩は、礼文島に女性的なものを描いていた予想を見事に裏切るダイナミックな景観だった。ついさっきまでの「さっさと帰ろう」という気持ちはすっかり消え去った。


利尻のダート

米粒のようにみえるのが
ウスユキソウ

桃岩展望台を登ってあと、ぼくは礼文林道を走り出した。この旅で始めてのダートに力が入る。

ダートを走っている途中で『レブンウスユキソウ群生地』とかかれた看板を発見した。一度通り過ぎた後で、考え直し、やっぱり見ておくことにした。ぼくは看板のあるところまで戻って、バイクを降りた。

海を見下ろす激しい斜面を少し歩くと、カメラをよせて熱心に写真を撮っている人たちがいた。どうやら相当めずらしい花らしい。せっかくなのでぼくも撮っておくことにした。

再び走り出した林道もやがて終わり、アスファルトの道を辿ってスコトン岬をめざす。島の最北端の岬だ。風は強さを増し、空は薄く曇っている。北限の地へ向かうには絶好のコンディションだと思うことにした。


遊歩道の向こうにトド島

朽ち果てた漁具

スコトン岬はさすがに観光客も多く、集合写真のポイントにもなっている。その場所からさらに続く遊歩道の途中に民宿があった。北海道には変わった宿が多いが、このロケーションは強烈だ。遊歩道の先端から波打ち際まで降りてみると、朽ち果てた漁具が放置されている。きっと、数世代にわたる猟師が民宿を経営するようになったのだろう。きっと観光客の来る前までは、ただ風が強く寂しい島の外れでしかなかった場所に違いない、と勝手な推測をふくらませる。

そして来た道をもどり、澄海(スカイ)岬へむかった。

ぼくは20歳になって間もないころ、スコットランド北西部の“スカイ島”という島にひとりで行ったことがある。ロンドンからエジンバラまで夜行バスで移動し、そこから漠然とネス湖に向かい、地図を見ているうちに“スカイ島”という響きが気に入ったのだ。

北海道とイギリスの気候はよく似ており、さらに、スカイ島も礼文島のような平たい島だった。観光地でもあるらしく、バックパッカーやサイクリストを多く見かけた。でも、4人以上の団体はいなかった。

北海道に限らず、国内で単独旅行をする日本人は、ライダー位だろう。この礼文島でも、目につくのは、中高年の団体ツアー客だ。

北海道でも少数派のソロ・ツーリストに、仕事を辞めてさすらう人は多い。仕事に疲れ、将来の目標もなくなって、はじめてひとりで旅をする気になるのだろうか? それとも、もともと一人旅が好きな人なのだろうか……

スカイ岬には大型の観光バスが集結していた。次々にバスから出てくる団体客は、バスガイドの旗について絶景ポイントまで歩き、旗についてもどって来る。ツアコンは笑いながらも客を急がせている。

スカイ岬の景色は確かにきれいであったが、俗化された観光地の印象は強かった。それよりもぼくが興味を持ったのは、岬に来る途中で見かけたこのクルマだった。

干草ロールを作っているHOLLAND社製の作業車だ。

-帰路-

帰りの船の甲板でも僕はぐっすりと眠った。
ふと目がさめると、空が夕日に染まっている。
海の上には、利尻の山がぽっかりと浮かんで見える。
どんよりと曇った空が、夕日と利尻のところだけ晴れているのだ。

こんな遠くに来ることは2度とないだろう ―――
次第に遠くなる山影を見送りながら、
ふと利尻の山道で中年の登山者に言ったことを思い出した。

「登山は50過ぎの楽しみにとってある」

あのときぼくは確かにそう言った