2000年の初稿を敢えてそのままにしています

トラックやタクシーには、さまざまな税制上の特典が与えられている。それなのに、警察の取締りは、一般乗用車に厳しく、トラックやタクシーに甘い。
単にプロドライバーがノルマ消化に追われる警察の特性を熟知しているだけなのかもしれないが、街中でのタクシーは傍若無人な運転を当然のように行っている。そして、夜間のトラックは、その大きさが与える脅威を自覚することなく、車間距離を詰めてくる。
ここでは、事故の事例から、プロドライバーの責任について考えてみたい。
※なお、本ページの記述は、筆者が長く住んでいた北海道のプロドライバーの印象が強く反映されています。

相対的危険車両

大きなクルマほど安全で、相手の損傷は大きい

衝突したクルマが相手に与える衝撃は、そのクルマが重いほど大きい。
たとえば、時速15kmの大型トラックは、時速100kmの乗用車と同じ衝突エネルギーを持っている。
別の例として、バイクと乗用車との正面衝突事故において、バイクは厚いコンクリート壁に激突する以上の衝突エネルギーを受けることになります。
もちろんバイクも歩行者に対しては凶器だ。しかし、その衝突エネルギーは乗用車の5分の1以下、大型トラックの50分の1に過ぎない。
さらに別の例として、乗用車と大型トラックの衝突を考えてみよう。もし乗用車に最新の安全装備を満載されていたとしても、何の安全装置もない大型トラックの方がずっと安全である。これは運動エネルギーの差によるものだ。

※乗員と荷物を含めた重量をトラック10トン、乗用車1.5トン、バイク0.2トンとしています。

片山隼君事件について

事件の概要

1997年11月28日東京都世田谷区砧一丁目15番先の信号機のない交差点の横断歩道付近で,大型貨物自動車が片山隼君を左側車輪でれき過し、全身挫滅の傷害を負わせて死亡させた。大型貨物自動車はそのまま走り去り、追いかけてきた通行人に呼びとめられ片山隼君を轢いたことを知らされた。

東京地検は「当時車体に衝撃を感じなかったので被害者をれき過したことには気づかなかった」と弁解する大型自動車のドライバーを不起訴とした理由を次のように延べている 

1 本件事故当時被旋車両は約11トンの砕石を積載しており,外部からの衛撃 が車体に伝わりにくくなっていたと認められる。ダミーを用いたれき過実験等 では,ダミーをれき過した際の衝撃は通常走行時に感じられる揺れと比して特 段大きいとまで言えず,被疑者が人をひいたと認識し得たものとするのは無理 がある。 ―以下省略―

つまり、(乗用車であればひき逃げを認められるが)大型車は人を轢いたことに気付かなかったとしても仕方がない、というのが不起訴の最も大きな理由とされている。

この事件の最も大きな問題はそこにあるはずだ。しかし警察庁は、法廷手続きのいらない行政処分の正当性をアピールし、裁判なしで罰金を課す「行政制裁金制度」の推進の追い風としているようだ。 そして、現在の事故処理と取締まりの手法がそのまま延長されれば、「行政制裁金制度」の最も大きなターゲットとなるのは一般ドライバーの速度超過になるだろう。

大型トラックに甘い刑事司法

片山隼(しゅん)君事件において 隼君を轢いたトラックのドライバーは「轢いたことに気が付かなかった」と主張した。

ドライバーは本当に気付かなかったのかもしれない。なぜなら、目撃者がたくさんいる場所でひき逃げをするとは考えられないからだ。

ここで問題にしているのは、その運転手が「気付づいたか、気付かなかったか」ではなく、「大型車だから気づかなかったとしても仕方がない」という司法判断の現実だ。

そもそも片山隼君事件において、加害車両が乗用車だったら轢死に至らなかったかもしれない。それなのに、乗用車では通用しない「気付かなかった」という言いわけが、法廷においても通用する現実が問題である。

検察が加害者を不起訴とした後に、両親が「ひき逃げ犯をなぜ不起訴にしたのですか?」 と題して署名を集めたこと示すように、隼君が亡くなったことに増して、“ひき逃げ”であることが、遺族の心の傷を深くしたことに間違いはないだろう。

しかし、東京地検は、“ひき逃げ”を認めず、これを不起訴とした。この東京地検の判断は、加害者の「気付かなかった」という主張を覆す材料がない以上、仕方がないのかもしれない。しかしながら、相対的に危険度の高い大型トラックに特典が存在し得る現実は、どうにも腑に落ちるない。

痴漢は「出来心(できごころ)」、ひき逃げ犯は「気付かなかった」と口をそろえたように“言いわけ”をするものだ。
問題なのは、「気付かなかった」の“言いわけ”を信憑性のあるものにしてしまう大型車を、乗用車と一律に扱うシステムあるはずだ。

それに大型車が左折する際の歩行者の巻き込みは、対人死亡事故の代表的な事例であり事故数も多いのである。
(片山隼君事件は内輪差の問題ではないが、ドライバーの死角が問題を招いた要因であることには変わらない)

運転手が「気付かなかった」という主張が容易に認めるられる現実は、殺傷力の高い大型車が人を殺したときに、乗用車よりも罪が軽いという現実を作ってしまうのである。

その重量によって殺傷力が増す半面、人を轢いても「気付かなかった」との“言いわけ”が通るのなら、大型車の責任を拡大する必要性があるはずだ。

ひき逃げを増長する行政処分

知っていて逃げれば業過致死のほかに交通事故の場合の措置義務違反(道交通法第72条)となり、行政処分においては付加点数として10点が加算される。しかし「気付かなかった」が認められれば、単なる業過致死だ。(隼君事件において検察は当初不起訴とした) この運転手の行政処分がどのように行われたかを知る術はないが、法令に基づいて計算してみると、

  • 安全運転義務違反2点
  • 死亡事故付加点数9点*
  • ひき逃げ付加点数10点

*交通事故が専ら当該違反行為をしたものの不注意によって発生した場合は(当時)13点だ。しかし、運転手の無線に気を取られたとの言い訳に「違反行為」を認めることは困難であろうとの理由で9点とした

合計21点だ。しかし、「気付かなかった」との加害者の主張によって、ひき逃げの付加点数は課されなかっただろう。もしそうだとすると、加害者ドライバーの行政処分は、事故付加点数9点と安全運転義務違反2点の合計11点である。もし運転手に前歴と累積がなければ免停で済むのだ。

後に発生する酒気帯びトラックによる死亡事故によって、ひき逃げの厳罰化が行われた。しかし、ひき逃げ事故は増加しており、悪循環が発生している。 (→ 厳罰化のスパイラル

タクシー、トラックの事故データ

第1当事者の車種別交通事故発生件数

     平成8年度 平成9年度
台数 事故件数 件数/1万台 台数 事故件数 件数/1万台
自家用 普通乗用車 40,059,758 418,330 104.4 41,088,532 426,531 103.8
軽自動車等 6,552,382 52,755 80.5 7,264,826 58,475 80.5
事業用 貨物自動車 1,067,514 28,102 263.2 1,093,642 28,453 260.2
バ ス 84,734 2,524 297.9 83,842 2,497 297.8
タクシー等 256,572 18,763 731.3 257,872 19,776 766.9
2輪車 250cc超 1,255,431 7,366 58.7 1,274,123 7,157 56.2
250cc以下 1,845,212 5,576 30.2 1,809,162 4,956 27.4
125cc以下 1,390,327 5,060 36.4 1,366,558 5,033 36.8
50cc以下 10,835,934 39,411 36.4 10,487,574 40,474 38.6

出展:平成10年版警察白書
自動車の台数は各年末、 軽自動車には事業用も含まれる

普通乗用車は、貨物自動車やタクシー等に比較すると1万台当たりの事故発生件数は少ないことが明かである。逆にタクシーの事故の多さには、目を見張るものがある。トラック協会やタクシー協会は、「1台あたりの走行距離が違うから1万台当たりをベースとすることは不公平だ」というかもしれない。しかし単に事故件数だけを取り上げるのでは、もっと不公平だ。

トラック業界経験者の意見

最後に、トラック業界経験者の方から頂いたご意見を付け加えておきます。
(⇒ニュートラル・ポジション