なぜ警察の一分室を“交通裁判所”と称するのか?

北海道警察に宛てた質問状  原文のまま。ただし本部長以外の個人名は伏字とした。

平成11年2月15日

北海道警察本部長 島田 尚武殿

札幌市東区北5条東12丁目16-3-C1415

野村 一也

質 問 状

平成11年2月3日北海道新聞夕刊にて掲載された社会面の記事に関してご質問させていただきます。

1.記事の内容

見だし:反則金払えない!?39人逮捕 副題:不況の影響か  出頭無視急増

本文: 交通違反で反則切符を切られたにもかかわらず、交通裁判への出頭を何度も無視したたとして、道警交通指導課などは二日までに、道交法違反の疑いで札幌や室蘭、函館市などの男女三十九人を一斉に逮捕した。 不出頭の埋由として、「支払うべぎ反則全の都合がつかなかった」が全体の六〇%強を占めた。長引く不況が、反則金支払いにも影響を及ぼしている。同課によると、一月下句から始まった今回の一斉強制捜査での逮捕者は、作年の一斉逮捕時に比較して七七%増。内訳は、駐車連反が二十二人、連度違反が十一人など。年代別では二十、三十代が全体の約八割となり、女性も七人に上った。 呼出回数は速度違反でで摘発された函館市の自営業男性(四六)の三十四回が最高だつた。 今回の特徴は、駐車違反四件で七回の出頭呼び出しを受けていた礼幌市の無識の女性(三三)のように、「お金がなかったから」と言って出頭しなかったケースが激増した点。逮捕者で「金の都合」を理由に挙げたのは、二十四人に上った。 作年は、「仕事が忙しかった」(十三人)が不出頭の理自のトッブで、金が理由だったのは一人しかいなかった。それ以前の一斉摘発と比べても、金が理由となっている点がひとぎわ目立っている。 同謀は「何回か呼ぴ出しした後に出頭してくる人の中でも、『お金がなかったので、支払いに来れなかった』などと言い訳するケースが多い。遠捕者数が増えたのも、そんな理由からでは」と分析。 しかし、「違反はあくまでも違反。逃げ得は許さない」として今後も捜査を継続、数人の逮捕に踏み切る方針だ。

2.質問内容

この記事において「交通裁判」の文言を使用した理由の文書による説明を求める。

3.備考

この記事の取材元は北海道警察交通指導課であることを北海道新聞社社会部に確認し、北海道警察交通指導課**氏に確認したところ、「交通裁判」は札幌官簡易裁判書地下一階の常駐監察官室という北海道警察の一分室の呼出であるとのことでした。 「交通裁判」とは道路交通法を始めとする、いずれの法律・法令、条例・規則等にも明文化された文言ではなく、警察内部のみで通用させている文言である。

しかし、一般道民は「裁判」とは裁判所の権限において実施されるものと認識しており、北海道警察が「交通裁判」を称することで、あたかも北海道警察常駐監察官室の呼出が裁判所の権限において実施されていると、誤認させる結果をみることは明らかである。

今回の逮捕は複数回にわたる呼出に応じなかったことが、逮捕の要因であって、任意である反則金の支払をしなかったことが要因ではない。しかし、記事では反則金を払わなかった事由がフォーカスされており、反則金の不払い=逮捕をアピールする記事となっている。 道路交通に関して、日本では規制及び取締を警察が担っており、その規制の方向が公共の福祉に向かっているのか、それとも、ただ取締りしやすい方向に傾いているのか、また取締の方法が一般ドライバーの理解の得られる方法でなされているかについては、議論の多いところである。

今回の記事をさらっと読めば「反則金を払わなかったら逮捕される」と認識するのは当然であり、「交通裁判」と記すことによって警察は道路交通について司法権まで手中にあるかのように粉飾されている。このことは日本国憲法第三十二条[裁判を受ける権利]を脅かすものであり、警察法第二条2項「日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」に反している。

以下、私見であることをあらかじめお断りする。

北海道は車の運転のマナーが他府県と比べて悪いという評価は実証されているが、その原因を明らかにして、道路交通安全の施策が行われているとはお世辞にもいえない。北海道警察は制限速度違反を重視した取締りを中心に行い、市街地においては、交差点付近で客待ち駐車をするタクシーを横目に取締りやすい一般乗用車を取締る。

いつの頃からか、警察とドライバーは、取締るため取締られないためのゲームをするようになった。警察は危険か安全かは関係なく「違反は違反」と取締を厳しくしていき、ドライバーは警察に捕まりそうなことはしないが、警察のいない場所での無謀運転、取締りされにくい危険行為、他の車への障害行為を平気でするようになっていった。つまり警察の取締り自体が警察に捕まらなければ何をやってもよいという価値判断を育てているといえる。道路における安全運転とは、警察に捕まらないように運転することよりは、道路の状況によって臨機応変に対応することのほうが重要なことは明らかある。記事のように「違反は違反」とドライバーに有無を言わせず処分を受けさせることは警察のいない場所や方法による無謀運転を助長するのである。

記事においての昨年の一斉逮捕時と比較して77%増となったのは不況の影響ではなく、警察の規制および取締に対する警告であると感じる。警察権力に面と向かって争うことのできない一般市民のささやかな抵抗なのではないだろうか。今回の記事は刑事処分に関するものであるが、一般市民には行政処分と刑事処分があることくらいは知っているが、その内容をしっかり理解しているものはさほど多くない。

直接この記事に関連しないと反論されるかもしれないが、このふたつの処分はひとつの行為に対して行われ、処分のプロセスにおいて大きく警察の判断が関与するため、以下、行政処分に関する記述をする。 逮捕者の内訳の半数以上は駐車違反である。刑事処分をここまで執拗に追及する事は結構であるが、行政処分に関して、運転免許免許点数制度は違反者が違反事実を認めようが認めまいが、不服があろうがなかろうが関係なく、違反者の点数は減点されている。

また、法は九十日を超えない期間の免許の効力停止について、何ら被処分者に意見する機会を与えていない。 この行政上の不利益処分は憲法第三一条[法定手続きの保証]中の「刑罰」とは違うものなのであろうか。 憲法第十一条[基本的人権の享有と本質]において「この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与えられる」とされており、憲法第三一条をあわせて考えれば、過去の違反事実を処罰するのではなく、将来に対し、危険性の高い運転者を道路交通の場から排除しようとする、運転免許点数制度の行政処分も刑罰とされるのが当然であると考える。

事実上、現場の警察官の判断によって決められる行政処分が憲法に反するかどうかを争うつもりはないが、現場の警察官が交通取締によってなし得る、違反者への不利益処分(減点)という権力の行使の重みを理解させることを求める。

4.この質問の利用目的

道路交通に関して、警察の考えていることを広く道民に公開し、道民の警察への理解と、道路交通の健全化を図るために使用する。公開に使用する媒体は未だ決まっていない。

以 上

なお、この質問状を提出した後、交通規制課の担当者からは電話で丁寧な説明を受け「“交通裁判所”という表現については再考が必要なのかも知れない」といった(おそらく)担当者の個人的な見解のような言葉をいただきました。