![]() 軽微違反の取り締まり |
取調べ中にレイプ |
警察は、それが軽微な違反であったとしても極めて事務的に罰を課している。
ところで、身内の犯罪もちゃんと処理しているのだろうか?
興味本位に見られがちなこの事件は、ニッポンの刑事司法制度における根本的な問題を映している。
ニッポンでは、代用監獄に容疑者を拘禁し、警察の物理的・心理的支配下においたうえで、外部との連絡を遮断し、長時間の取調べで心理的孤立状態をつくりだして自白を迫る(朝日新聞社会部編「代用監獄」)、という手法が当然のように行われている。しかし、諸外国にくらべると、どうやらニッポンの刑事司法制度はずいぶんと時代おくれのようだ。
| 諸外国または国際人権条約の基準 | ニッポン | |
| 逮捕後の取調べの弁護人立合い | 認められている | 認められていない |
| 逮捕後の拘束期間 | 72時間(米国の場合) | 552時間(23日間) →別件再逮捕によりその数倍が可能 |
| 捜査と収監 | 分離されている | 分離されていない(代用監獄システム) |
| 取調べの時間 | 規定されている | 事実上無制限 |
| 起訴前の保釈 | 認められている | 認められていない |
| 起訴前の国選弁護制度 | 起訴前の国選弁護制度がある | 起訴前の国選弁護制度はない |
諸外国では、捜査と収監の分離が徹底しており、弁護人の立会いも実施されている。さらに、取調べの録画・録音も認められている。このような他国のシステムは、捜査機関の暴走を防ぐためである。
| アメリカ |
イギリス | フランス | イタリア | 台湾 | 香港 | 韓国 | ニッポン | |
| 弁護士立会い |
○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × |
| 録画・録音 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | × | × |
このように他国と比較すれば、日本の刑事司法には、捜査の誤作動防止システムがないに等しいことが明らかとなる。こうしたニッポンの現状に対し、国連の人権規約委員会は、1980年台後半から、問題を提起している。
| 国連の人権規約委員会の勧告 刑事裁判における有罪判決の多くが自白に基づく事実に深く懸念を有する。 自白強要を排除するために、取調べが厳格に監視され、録画・録音されることを勧告する。(→外務省訳はこちら) |
対する法務省は、勧告を拒否し、次のような拒否理由をあげている。
ニッポンの刑事司法は、逮捕後の密室取調べを正当化するだけでなく、任意の取調べにおいても時代おくれである。
書類主義のニッポンにおいて、警察官の書く供述調書は法的処分の重要な材料となる。しかしながら、この供述調書のコピーを被疑者が求めても、警察・検察は決してその写しを渡そうとはしない。共通する拒否理由は、刑事訴訟法第47条である。
| 刑事訴訟法第47条 訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があつて、相当と認められる場合は、この限りでない。 |
しかしながら、「公にする」とは、不特定多数を対象にした文言である。それゆえ、当事者自身の供述をまとめた文書を当事者本人に渡すことを「公にする」と解釈することは、拡大解釈であるといわざるを得ないのである。
このような捜査機関の秘匿主義は、捜査書類の偽造を蔓延させているようだ。兵庫県警の捜査書類ねつ造事件を参考にして、捜査のあり方がこのままでよいのかどうかを考えてみよう(→兵庫新聞特集 兵庫県警 捜査書類ねつ造)。なお、この事件は、取締りのノルマを警察が公式に認めた初めてのケースである。
レイプ事件のあった菊屋橋分室が建て変えられるずっと前に、当時24歳の女性に対する陵虐行為が、この女性の公判文書に綴られている。
身体捜索令状により、肛門や膣内に指を入れる方法による身体捜索が行われた。 取調べ途中に、被告人が手洗いに行くときには、男性の取調べ担当警察官が腰縄を持って付き添い、被告人が用を足している間トイレのドアを開けたまま腰縄の一方を持ってドアの外に待機し、ときには、用を足す被告人を覗き込んで、「生理でもないのに、なんで、あんた、ナプキンを使うんだ」とくちばしを挟み、また、被告人の生理が止まっているのを知ると、取調べの中で男性取調官が、「妊娠しているんじゃないか」「夫とどういう性関係だったんだ」としつこく聞くなど、性的嫌がらせ、性的虐待としか言いようのない拷問的処遇が続いた |
終戦から数十年を経てもなお、このような非人道的な取調べが行われていることは、1980年代後半に国際人権連盟(FIDH)とアムネスティ・インターナショナルの知るところとなった。そして、ニッポンの刑事司法の現状調査が行われ、報告書がまとめられている。そのひとつ「パーカー・ジョデル報告書」は、広範な肉体的・心理的拷問が行われていること、権限乱用のもとで入手した自白が利用されていることを強く批判している。
また、1998年、国連人権委員会は、ニッポンが性犯罪について寛容であることを次のように指摘した。
| 国連人権委員会の指摘 委員会は、女性に対する暴力、特に家庭内暴力及び強姦、の高い発生率及びこの慣行の根絶のための改善措置の不存在について引き続き厳に懸念を有する。委員会は、日本の裁判所が、性交の強要を含む家庭内暴力が結婚生活の通常の範囲と考えているように思われることについて困惑している。 |
そのほか国連人権委員会は、ニッポンの司法当局の公務員に対し、人権についての教育をすることも勧告したているが、どうやらニッポンには全くその気がないようだ。

時代錯誤の警察理念警察官の性犯罪はさておき、明治時代に創設されて以来、一貫して警察幹部が組織イメージとして描いているのは「強い警察」である。わかりやすく言えば、時代劇で桜吹雪の刺青や印籠を見せつけ、下々に「へへっ」と頭を垂れさせるようなものだ。このように下々をひれふさせるためには、実質的手法と表面的手法がある。 <実質的手法>
こうした刑罰主義によって、警察は“権威”を手に入れた。一方、普通の市民は、何も悪いことをしていなくても、なぜか警官を見るとビクつくようになった。これは「警察に対抗できない平民の反射」である。 <表面的手法>
警官に拳銃を持たせたのはGHQであるが、それは戦後の混乱に対応するためであった。これを全警察官に携帯させたのは内務省である。以後、平和な時代の田舎の駐在所でさえ武装警官が置かれたのである。しかし、持ってるだけで撃てないことが周知される近代になってから、警察官はより現実的な武器をチラつかせることが多くなったようだ。
警察が“権威”を手にいれる過程において、信頼されている時代があった。しかし、それは他国に比較して治安のよかった現状に便乗したに過ぎない。世間の注目を浴びる大事件に対しては、前時代的な手法で自白を引き出し、それらを有罪にしてきただけだ。そうして、被害者とそれに同情する大多数になぐさみをもたらし、“警察権威”を確立したのである。しかし、その反面では多くの冤罪(えんざい)を生み出している。 |
「強い警察」が理念となっているニッポンでは、警察官の「逮捕するぞ!」という言葉は圧倒的な威圧効果を持っている。 いい替えると、普通の市民が警察には無抵抗であることを、警官は常に感じているのである。 これが職権乱用のモチベーションとなり得ることは、書くまでもないだろう。
ちなみに神奈川県警では、立ち番では警杖を持つように指示されているそうだ。 しかし、武器をチラつかせる前に、まず警察が信頼されていない現実と向き合い、その要因を考えるべきだろう。 |
形式的な刑事裁判このように、ニッポンの警察官は、密室で強引に自白を引き出す取調べを当然のように行っている。検察は、派手な事件を除けば、基本的に警察の捜査結果を追認するだけだ。また、世間知らずの裁判官は、汚れ役をはたした警察・検察の捜査を壇上から支持するだけである。つまり、裁判所がしていることは、ニッポンが法治国家の体をなすための「空疎な儀式」に過ぎない。そして、現実に犯罪を特定しているのは警察だ。 グローバルな視点からみると問題だらけの刑事司法なのに、これらがニッポン国内で一般的な問題として受け入れられたことはない。 警察に疑われて逮捕されたら、それをもってマスコミは「犯人らしき人物が逮捕された(めでたしめでたし)」的な報道を行う。これらの報道によって、警察に疑われた人はタテマエ社会から抹殺される。 ところで、沖縄の米兵によるレイプ事件がしばしば起きているが、いつもニッポン警察は米兵を逮捕することはできない。これは、専属的裁判権(日米地位協定上の規定)から発生する問題なのであるが、常に裁判権を得るのはアメリカだ。アメリカはニッポンの刑事司法制度を信用していないから、今後もニッポンで米兵が裁かれることはないだろう。 外務省がいくらカネをバラまいても、国の代表者(内閣総理大臣:行政の長)がどれだけアメリカの言う通り働いても、ニッポンが国連の常任理事国になれないのは、法治国家の根幹をなす司法制度が、あまりにも時代に遅れているからなのだろう。 |
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警察本願な人たちニッポンの刑事裁判は「絶望的」だと頻繁に言われ続けてきたのは、裁判が「空疎な儀式」になりさがっているからである。裏を反せば、警察(派手な事件の場合は検察を含む)の捜査がすべてを決めてきたわけであり、裁判所は捜査機関のしたことを追認する場所にすぎない。 裁かれる者たちにとっての「空疎な儀式」は、捜査機関の描いたシナリオ(冒頭陳述)を認め、法の権威にひれ伏し、そして裁判官の寛大なる取り計らいで8割裁定を得る場所と化している。 しかし現実には、捜査手法が一般的な問題となったことはなく、逆に「犯罪者は殺せ」的な風潮が目立つのが、ニッポンの恐ろしいところだ。このような「犯罪者は殺せ」「もっと厳しく」と叫ぶ“警察本願”な人々を作り出したのは、テレビを代表とするマスメディアである。 そして今日も、テレビドラマでは警官や刑事がわが身を捨てて活躍する姿が描かれ、ワイドショーでは街に出現した小動物を捕獲したやさしい警察官の美談が語られ、そして警察特番では正義の警察官が踊っている。 |
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なんで警察官だと刑が軽いのか?さて、菊屋橋分室での「代用監獄レイプ事件」は、強姦ではなく、特別公務員暴行陵虐罪を罪状として起訴されたようだ。それにしても、特別公務員暴行陵虐罪とはもの凄い罪のようだが、ほかの罪状と比較してみると、それほどの重罪ではないことが分かる。
つまり警官は、非番のときより、公務中にレイプしたほうが罪が軽くなるわけだ。
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このページでの参考資料/
デイビッド・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」
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