![]() 軽微違反の取り締まり |
取調べ中にレイプ |
警察は、それが軽微な違反であったとしても極めて事務的に罰を課している。
ところで、身内の犯罪もちゃんと処理しているのだろうか?
時代おくれの刑事司法
時代遅れの刑事司法 その1 -密室での取調べ-ニッポンでは、代用監獄に容疑者を拘禁し、警察の物理的・心理的支配下においたうえで、外部との連絡を遮断し、長時間の取調べで心理的孤立状態をつくりだして自白を迫る(朝日新聞社会部編「代用監獄」)、という手法が当然のように行われている。しかし、諸外国にくらべると、どうやらニッポンの刑事司法制度はずいぶんと時代おくれのようだ。
諸外国では、捜査と収監の分離が徹底しており、弁護人の立会いも実施されている。さらに、取調べの録画・録音も認められている。このような他国のシステムは、捜査機関の暴走を防ぐためである。
このように他国と比較すれば、日本の刑事司法には、捜査の誤作動防止システムがないに等しいことが明らかとなる。こうしたニッポンの現状に対し、国連の人権規約委員会は、1980年台後半から、問題を提起している。
対する法務省は、勧告を拒否し、次のような拒否理由をあげている。
時代遅れの刑事司法 その2 -供述調書の写しも拒絶-
しかしながら、「公にする」とは、不特定多数を対象にした文言である。それゆえ、当事者自身の供述をまとめた文書を当事者本人に渡すことを「公にする」と解釈することは、拡大解釈であるといわざるを得ないのである。 このような捜査機関の秘匿主義は、捜査書類の偽造を蔓延させているようだ。兵庫県警の捜査書類ねつ造事件を参考にして、捜査のあり方がこのままでよいのかどうかを考えてみよう(→兵庫新聞特集 兵庫県警 捜査書類ねつ造)。なお、この事件は、取締りのノルマを警察が公式に認めた初めてのケースである。 時代遅れの刑事司法 その3 -法の下の不平等-レイプ事件のあった菊屋橋分室が建て変えられるずっと前に、当時24歳の女性に対する陵虐行為が、この女性の公判文書に綴られている。
終戦から数十年を経てもなお、このような非人道的な取調べが行われていることは、1980年代後半に国際人権連盟(FIDH)とアムネスティ・インターナショナルの知るところとなった。そして、ニッポンの刑事司法の現状調査が行われ、報告書がまとめられている。そのひとつ「パーカー・ジョデル報告書」は、広範な肉体的・心理的拷問が行われていること、権限乱用のもとで入手した自白が利用されていることを強く批判している。 また、1998年、国連人権委員会は、ニッポンが性犯罪について寛容であることを次のように指摘した。
そのほか国連人権委員会は、ニッポンの司法当局の公務員に対し、人権についての教育をすることも勧告したているが、どうやらニッポンには全くその気がないようだ。 |
| 取調べの警官による わいせつ事件 |
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| そのほか警官による最近のわいせつ事件 | |
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| 諸外国の警官によるレイプ事件 |
| ニュージーランド (警官による輪姦) APN Holdings NZ THE AGE Peter Ellis インド Dancewithshadows India Together スコットランド BBC NEWS SCOTSMAN.COM 他国の報道機関は、警官による犯罪を追及しようとする姿勢が感じられる。一方、ニッポンのマスコミは、警官の犯罪を報道することに対し、極めて消極的だ。これは、記者クラブを通じた、警察とマスコミの馴れ合い関係によるものだろう。 |
このように、ニッポンの警察官は、密室で強引に自白を引き出す取調べを当然のように行っている。検察は、派手な事件を除けば、基本的に警察の捜査結果を追認するだけだ。また、世間知らずの裁判官は、汚れ役をはたした警察・検察の捜査を壇上から支持するだけである。つまり、裁判所がしていることは、ニッポンが法治国家の体をなすための「空疎な儀式」に過ぎない。そして、現実に犯罪を特定しているのは警察だ。
グローバルな視点からみると問題だらけの刑事司法なのに、これらがニッポン国内で一般的な問題として受け入れられたことはない。
警察に疑われて逮捕されたら、それをもってマスコミは「犯人らしき人物が逮捕された(めでたしめでたし)」的な報道を行う。これらの報道によって、警察に疑われた人はタテマエ社会から抹殺される。
ところで、沖縄の米兵によるレイプ事件がしばしば起きているが、いつもニッポン警察は米兵を逮捕することはできない。これは、専属的裁判権(日米地位協定上の規定)から発生する問題なのであるが、常に裁判権を得るのはアメリカだ。アメリカはニッポンの刑事司法制度を信用していないから、今後もニッポンで米兵が裁かれることはないだろう。
外務省がいくらカネをバラまいても、小泉首相がどれだけアメリカの言う通り働いても、ニッポンが国連の常任理事国になれないのは、法治国家の根幹をなす司法制度が、あまりにも時代に遅れているからなのだろう。
| 警杖(けいじょう) 写真の警察官が持っているのは木製の警杖。警杖は、警棒と同様に制圧目的の武器である。目立つので威圧効果も期待できる。しかし、現場の警官は、「これは指示用だ」とゆずらない。 |
| 武装強化で権威回復? 2005年9月、警察庁は増加する公務執行妨害に対処するため、強度を高めた警棒や警杖を導入することを決めた(goo)。 「制服」による威圧効果が薄れ、現場の警察官が襲われるケースも増えているとのこと。 |
明治時代に創設されて以来、一貫して警察幹部が組織イメージとして描いているのは「強い警察」である。わかりやすく言えば、時代劇で桜吹雪の刺青や印籠を見せつけられた下々が「へへっ」と頭を垂れるようなものだ。このように下々をひれふされるためには、実質的手法と表面的手法がある。
ニッポンの警察は、行政警察においても完璧な刑罰主義である。軽微な交通違反であっても、警察官は極めて事務的に罰を科している。法改正があると、見せしめ検挙を行い、取り締まりの警察官に課されているノルマ制度(努力目標考課制度)は断固として秘匿し、「違反は違反だ!」と高圧的な取締りを行っている。警官に捕まった平民に対抗する術はない。
こうした刑罰主義によって、警察は“権威”を手に入れた。一方、普通の市民は、何も悪いことをしていなくても、なぜか警官を見るとビクつくようになった。これは「警察に対抗できない平民の反射」である。
警官に拳銃を持たせたのはGHQであるが、それは戦後の混乱に対応するためであった。これを全警察官に携帯させたのは内務省である。以後、平和な時代の田舎の駐在所でさえ武装警官が置かれたのである。しかし、持ってるだけで撃てないことが周知される近代になってから、警察官はより現実的な武器をチラつかせることが多くなったようだ。
このようにして、警察は“権威”を手にいれた、その過程において、警察が信頼されている時代があったが、それは他国に比較して治安のよかった現状に便乗したに過ぎない。世間の注目を浴びる大事件に対しては、前時代的な手法で自白を引き出し、それらを有罪にしてきただけだ。そうして、被害者とそれに同情する大多数になぐさみをもたらし、“警察権威”を確立したのである。しかし、その反面では多くの冤罪(えんざい)を生み出している。
ニッポンの刑事裁判は「絶望的」だと頻繁に言われ続けてきたのは、裁判が「空疎な儀式」になりさがっているからである。裏を反せば、警察(派手な事件の場合は検察を含む)の捜査がすべてを決めてきたわけであり、ニッポンの刑事司法システムへの警鐘である。
しかし現実には、捜査手法が一般的な問題となったことはなく、逆に「犯罪者は殺せ」的な風潮が目立つのが、ニッポンの恐ろしいところだ。このような「犯罪者は殺せ」「もっと厳しく」と叫ぶ“警察本願”な人々を作り出したのは、テレビを代表とするマスメディアである。
そして今日も、テレビドラマでは正義のために活躍する警察官や刑事が活躍し、ワイドショーでは逃げた動物を捕獲した勇敢でやさしい警察官の美談が語られ、そして警察特番では正義の警察官が踊っている。
| 代用監獄レイプ事件の報道 |
■事件の発生: 6月8,10日
■発覚日:未公表
■逮捕日:7月8日(初報道)
今井警部補が逮捕された ■処分日:8月28日(報道2回目)
警官が懲戒免職になった ■初公判:9月20日(報道3回目)
特別公務員暴行陵虐罪だけを罪状とした初公判が開かれた。 ちなみに、初公判の一つ前のウィークデーにあたる9月16日、筆者が警視庁に電話したところ、容疑者が起訴されたどうかさえも含めて「一切教えられない」の一点張りであった。(→音声記録) ■公判2回目予定 10月4日3:50pm533法廷 |