「人間は、だれもがジャーナリスト的存在である」
この社会学の言葉は、インターネットによって現実味を帯びてきました。
しかし、
職業ジャーナリズムが自発的ジャーナリズムを押さえるような行為は、
国家が「表現の自由」を制限することになぞらえることができます。

「責任を追及する者は、追求される者と同じだけ傷つく」
これは私が過去に経験した裁判で学んだことです。
裁判がどれ程たいへんな作業を強いるか、そのことに問題はないのか、
もし問題があるのなら、どうしたらよいのか。
これらを考える材料となれば幸いです。

なお、右フレームの発言「開き直りと泣き寝入りの構造」は、
過去に私がジャーナリストの寺澤有氏に向けて書いた発言です。
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