新横浜改造計画

きびしい取り締まりか? 合理的な交通規制か?

ガイドライン/一方通行
(↑)マウスを合わせると、一方通行の例が表示されます。

ボロ儲けの公共駐車場

  • P1:市の土地をタダで借りて駐車場ビジネス(新横浜駐車場
  • P2:市の土地をタダで借りて駐車場ビジネス(北新横浜駐車場
  • P3:1車室あたりの収益は、月だいたい15万円(運営:市安協)

P1とP2は、(財)横浜市スポーツ振興事業団が運営する。
同財団の常務理事は、神奈川県警OBの陣昭三氏(退職時警視)

改正道交法の施行にあわせて、神奈川県警港北警察署は、新横浜の駅前一帯を、最重点地域として、駐車違反取締りのガイドラインに盛り込んだ。

こうして新横浜のビジネス街は、民間の駐車監視員が巡回し、きびしい取り締まりが行なわれることとなった。

しかしながら、新横浜の道路幅は、もともと相互通行をさせるにはせますぎる。交通管理者(警察)の交通規制に問題があるのに、そこに取り締まり強化を持ち込むのはナンセンスだ。

新横浜は、幹線道路をのぞき、一方通行でコントロールすべきだろう。

一方通行にしたら、約1000台分の路上駐車スペースが確保できる。そのうち1割程度を2輪車用に使えば、配送のクルマの問題を含め、すべての駐車問題は解決する。

実際、欧米では、こうしたやり方によって、日本とは比較にならないパーキングゾーンが設置されている。(→参照:バンクーバーロンドンハワイ

これをやるかやらないかは、基本的には、港北警察署次第である。

もともとムリのある交通規制

新横浜の相互通行道路   新横浜以外の一方通行路

新横浜01
 
横浜・山下町

新横浜02
 
横浜・関内

新横浜03
 
横浜・山下町

新横浜04
 
横浜・元町

交通管理者と道路管理者

新横浜エリアの道路管理者は、国道以外は横浜市。一方、交通管理者は神奈川県警となる。

なお、既に完成した街路において、道路管理者の仕事は維持保全だ。一方通行にするかどうか、右左折の規制、パーキングメーターの設置――etc. これら道路交通法上の権限はすべて警察のお仕事である。

ちなみに、道路管理者が駐車場法上の路上駐車場(クルマ・自転車・バイク)をつくりたいと思っても、警察がNOといえば実現しない。事実、関東地区において、道路管理者が設置した路上駐車上は、埼玉に12台分が存在するだけである。

警察の壁

ご意見のあるかたは、港北警察署または神奈川県警交通規制課に連絡してください。

港北警察署:045(546)0110 県警本部交通規制課:045(211)1212

第一の壁

なお、神奈川県では、交通規制に関する事務は、『代行規定』によって警察本部長が決済できようになっています。したがって、交通規制は、県警だけで決めることができます。公安委員会は、形式上の権限者にすぎず、交通規制に関するいっさいの実務≠していません。

公安委員会の正体

しかしながら、係長級以下の警察官なら、ほぼ100%「交通規制は公安委員会が決めている」といって、まるで別組織が交通規制を決めているかのように責任転嫁をします。そこで、『代行規定』あるいは実務≠強調すれば、なんとか話しができるようになるはずだ。

警察の用意するさらなる壁

第二の壁

「交通規制は公安委員会が決めている」の壁をクリアすると、警察は次の壁を持ち出して責任転嫁をするはずだ。それは道路管理者との協議≠セ。しかし、既に完成した道路を一方通行にするかしないか、について決定権は警察にある。交通管理者である警察が「やる」といえば、道路管理者に反対する理由はない。

第三の壁

こうして、いくつもの壁をクリアした者だけが、ようやく交通管理者である警察に意見をのべることができるようになる。そして、さらなる壁が、「規制してくれという意見がある」「取り締まってくれという意見がある」だ。警察は、地域に交通安全団体をつくっているし、意見の取捨選択できるので、この壁はデカい。

結局、今のように、規制と取り締まりの両方の権限を握っている限り、ひたすら規制と取り締まりの強化ばかりがつづいてしまうのかもしれない。

残された突破口

どうせ代行しているのだから、代行先を県警本部長ではなく、道路管理者にしてしまったほうがよいだろう。そもそも道路のソフトとハードという表裏一体のことを道路管理者と交通管理者という“縦割り”にするのは不合理だ。ちなみに欧米都市では、市が交通マネジメントを行えるようになっていて、道路(ハード)と交通(ソフト)が“縦割り”なのは日本だけだ。さらに、道路管理者と交通管理者の『協議』という作業は、完全に不透明で、それぞれが『協議』を不作為の言い訳にしている。

とにかく、都道府県警察の交通規制権を取り上げることは、親方である警察庁が民主的に変革するよりは、はるかに実現の可能性が高いはずだ。