平成10年12月21日判決言渡し・同日原本交付裁判所書記官
平成10年11月19日口頭弁論終結
本訴事件平成9年(ワ)第2502号損害賠償請求事件
反訴事件平成10年(ワ)第5022号損害賠償請求事件

判決

札幌市東区北五条東12丁目16−12
本訴事件・併合事件原告兼反訴事件被告 野村 一也
(以下「原告野村」という。)

札幌市中央区南18条西*丁目*−*−***
本訴事件・併合事件被告兼反訴事件原告 清* *
(以下「被告清*」という。)
右訴訟代理人弁護士 森* 壮**

札幌市南区藤野4条*丁目***−***
本訴事件・併合事件被告 菊* 順*
(以下「被告菊*」という。)
右訴訟代理人弁護士 鷹* 正*

主文

一 本訴事件

1 被告清*は、原告野村に対し、30万円を支払え。

2 原告野村の被告清*に対するその余の本訴事件の請求及び被告菊*に対する本訴事件の請求をいずれも棄却する。

二 反訴事件

被告清*の原告野村に対する反訴事件の請求を棄却する。

三 併合事件

1 被告清*は、原告野村に対し、5万8180円を支払え。

2 原告野村の被告菊*に対する併合事件の請求を棄却する。

四 訴訟費用

訴訟費用については、本訴事件分は、これを5分して、その一を被告清*の、その余を原告野村の負担とし、反訴事件分は、全部被告清*の負担とし、併合事件分は、これを二分して、その一を被告清*の、その余を原告野村の負担とする。

五 仮執行宣言

この判決の第三項1の部分は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求

一 本訴事件

被告清*及び被告菊*は、原告野村に対し、連帯して、200万円を支払え。

二 反訴事件

原告野村は、被告清*に対し、87万5444円及びこれに対する平成9年3月31日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

三 併合事件

被告清*及び被告菊*は、原告野村に対し、連帯して、5万8180円を支払え。

第二 事案の概要

一 概要

本件は、原告野村と被告清*との間で生じた後記物損事故及び本件事故に関する紛争である。

原告野村は、被告清*が故意に本件事故を発生させ、被告菊*がこれを幇助したなどとして、被告らに対して物損事故による損害の賠償請求(併合事件)及び本件事故に関する慰謝料請求(本訴事件)をし、被告清*は、原告野村の過失によって本件事故が発生し被告清*が受傷したとして、原告野村に対して休業損害等の賠償請求(反訴事件)をしている。

二 争いのない事実

1 物損事故

平成9年3月31日、札幌市中央区大通西3丁目付近路上において、被告清*が開けた、被告菊*が所有・運転・運行供用していた車両(以下「菊*車」という。)のドアが、原告野村運転の車両(以下「原告車」という。)にぶつかるという事故(以下「物損事故」という。)が発生した。

2 本件事故

同日、物損事故の後、同所において、原告車が被告清*の足を踏むという事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

三 争点及び主張

1 物損事故の発生原因及び賠償責任等(併合事件の請求)

(原告野村の主張)

ア 物韻事故は、被告清*の故意又は過失により発生した。
イ 原告野村は、物損事故により、修理代金5万8180円相当の損害を被った。
ウ 被告菊*は、道路交通法(以下「道交法」という。)七一条四号の三により、被告清*と連帯して右損害を賠償する義務がある。

(被告清*の主張)

原告野村の主張アにつき、故意の点は否認し、物損事故につき被告清*に過失があつたことは認める。

(被告菊*の主張)

原告野村の主張アにつき、故意の点は否認する。

同ウにつき、原告の主張は、主張自体失当である。

2 本件事故の態様及び発生原因

(原告野村の主張)

ア 本件事故前、菊*車は、本件事故現場付近の混雑する道路上において、道交法47条、70条等に違反し、そこが駐車禁止とされ、しかも左路側帯があるのに、道路の左端に沿わない駐車(道交法にいう停車ではない。)をし、交通の妨害となつていた。
原告野村は、これを注意した。すると、菊*車に同乗していた被告清*が腹を立て、菊*車のドアを思い切り開けてこれを原告車にぶつけたため物損事故が発生し、原告車の右フェンダーが傷付いた。なお、原告野村がクラクション(誓書器)を鳴らしたのは、停車後である。
被告清*は、自分を有利にするため、原告野村に原告車の移動を促し、これによって動き出した原告車の右後車輪の方に自分の足を出してその指付近を踏ませ、本件事故を故意に発生させた。
本件事故が被告清*の故意によることは、次の点からも明らかである。
@原告野村は、被告清*に促され、安全確認をしてから原告車をゆっくり発進させたところ、その直後に本件事故が発生しており、不自然である。
A被告清*は、警察の事情聴取及び実況見分に際し、原告車の内輪差により足を踏まれたと主張していたが、内輪差は起こり得ない。
B被告清*が実況見分において説明した位置や足が踏まれた状態の写真はいずれも不自然であり、被告清*の作為によるものである。
C被告清*は、被告菊*ともうー人の友人がそばにいるのに、本件事故直後に救急車を呼ぶという過剰な反応をしている。
D被告清*は、本件事故翌日の同年四月一日の電話で、原告野村に故意に足を踏ませたことを認めている。
E富*塗装工業に就職が決定していた旨の主張は、右電話及び同月四日の面談時の被告清*の発言と食い違っている。

(被告清*の主張)

ア 本件事故前、被告清*は、菊*車の車道側後部座席から降車しようとして、ドアを少し開けていた。菊*車の停車は、道交法等に違反せず、同法にいう駐車や他人に危害を及ぼすような運転にも当たらない。
イ 原告野村は、原告車のクラクションを鳴らしながら後方から走行してきて菊*車の横に停車したが、なおクラクションを鳴らし続けていた。被告清*は、興奮し、降車するため後部座席ドアを開けた際、原告車に傷を付けてしまった。
ウ 被告清*は、原告野村と押し問答となったが、原告車の後方車両がクラクションを鳴らしたので、原告野村に対し、原告車を菊*車の前方に移動するように促した。しかし、原告野村がすぐ移動しようとしなかったので、被告清*が原告車から目を離し被告菊*と話していたところ、原告車が突然動き始め、被告清*の左足が踏まれるという本件事故が発生した。
エ 本件事故は原告野村の過失によるものであつて、被告清*が故意に発生させたものではない。
@本件事故が発生したのは、被告清*が移動を促した直後ではない。
A被告清*は、本件事故翌日の平成9年4月1日から富*塗装工業に勤務することが決定しており、あえて怪我をすることなどはありえない。

(被告菊*の主張)

ア 本件事故前、被告菊*は、菊*車を道路右側である本件事故現場に一時停車し、同乗者を降ろした。
イ その際、原告車がクラクションを鳴らして接近し、原告野村と被告清*が窓越しに口論となった。
ウ被告菊*は、本件事故を目撃していない。

3 被告らの責任(本訴事件の請求)

(原告野村の主張)

ア 被告清*は、本件事故が原告野村の過失による人身事故であるかのように装って騒ぎ立てた。これによって、原告野村は、警察の取調べを受けたり、勤務する会社からの評価を下げられたりして著しく名誉を損なわれ、次に就職する予定もなく同社を退職せざるを得なくなるなど、大きな精神的苦痛を受けた。これを慰謝するには二〇〇万円が相当である。
「被告菊*は、次の点で被告清*を封助したといえるので、損害賠償兼任を負う。
@被告菊*は、菊*車に被告清*を同乗させていた。
A被告菊*は、原告野村の注意に立腹し、被告清*ほか一名とともに罵声を発し、原告野村を威嚇した。
B被告菊*は、被告清*とともに、原告野村に原告車の移動を促した。
C被告菊*は、本件事故後、被告清*の足の状態を確認もせず、直ちに携帯電話で救急車を呼ぶという過剰な措置をした。

(被告清*の主張)

原告野村の主張アは否認し、争う。

(被告菊*の主張)

ア 被告菊*は、単に菊*車を運転していただけで、原告野村と被告清*の口論や本件事故にいっさい関与していない。
イ 被告菊*が被告清*を封助した事実はない。

4 原告野村の責任(反訴事件の請求)

(被告清*の主張)

ア 被告清*は、本件事故により、左足挫傷の傷害を負った。この受傷のため、被告清*は、同年3月31日から同年4月3日までの4日間(実日数2日間)、藤*外科整形外科医院(以下「藤*医院」という。)に通院した。その後も足の痛みと腫れがひくまでには相当期間を要したが、それは診療報酬明細書の最終受診日の転帰欄が継続となっている(治癒となっていない)ことからも明らかである。ただ、被告清*は、治療費の支払に窮し、病院での治療を受けなかった。
イ 被告清*は、本件事故による受傷のため、次のとおりの損害を被った。
治療費2万9305円
休業損害84万円(被告清*は、本件事故の翌日から月給28万円で富*塗装工業で就業することが内定していたが、右受傷のため就労できなかつた。これによる休業損害は、右月給の三か月分とするのが相当である。)
傷害慰謝料10万円
弁護士費用10万円
ウ 被告清*には、原告野村に対し原告車の移動を促しながら原告車の動静に対する注意を怠ったという過失があるから、原告野村に賠償させるべき損害額は、治療費、休業損害及び傷害慰謝料(合計96万9305円)から右過失相当分の二割を減じた77万5444円と弁護士費用の合算額である87万5444円となる。

(原告の主張)

ア 本件事故により被告清*が受傷したことは否認する。
被告清*の藤田医院への通院は、治療のためではなく、被害者を装うためである。診断書等の記載は、被告清*が実際に受傷していることを示すものではない。被告清*は、調停申立書(乙イ六2)において「痛みと腫れがひどく、歩くことも靴を履くこともできず」等と記載しているが、同年4月20日に実施の実況見分の際は靴を履き平然とした姿で写共にッている。
イ 被告清*主張の損害は、いずれも否認し争う。
被告清*は、本件事故後、原告野村に対して鉄筋工の仕事を休んだ旨述べており、富*塗装工業への就業予定は虚偽である。

第三 当裁判所の判断

一 認定事実

争いのない事実及び当裁判所に顕著な事実並びに証拠(後記のほか、甲11、乙イ八の各実況見分調書、甲10、20の原告野村作成の各陳述書、原告野村本人、被告清*本人、被告菊*本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1 事故前の状況等

原告野村は、平成九年三月三一日午後四時二〇分ころ、原告車(普通乗用自動車・ステーションワゴン型オデッセイ・車高一六九センチメートル・札幌33も2163。甲1)を運転し、通称南大通を札幌市中央区大通東1丁目方面から西3丁目方面に向けて進行していた。南大通は一方通行(西行のみ)の3車線の道路で、その西3丁目付近は札幌市内の中心部で、北側には大通公園、南側には路側帯及び歩道を経て銀行等のビルがある(甲22lないし4)。当時、南大通は、年度末の月曜日という事情もあって渋滞していた。
被告菊*は、同じころ、友人の上野某を助手席に、被告清*を後部座席に乗車させた菊*車(普通乗用自動車・バン型ハイラックスサーフ・札幌33や****)を運転して南大通の西3丁目1番地付近に至り、同所の大通り公園寄り車線上に菊*車を停止させ、その後、車内で本を読んでいた。

2 物損事故の状況等

ア 原告野村は、勤務先の会社に戻るため南大通を西進中であったが、停止中の菊*車を発見し、それが渋滞の原因となっていると考えていた。原告野村は、たまたま菊*車の左側やや後方(三車線のうち中央車線の大通公園寄り部分)に停止したため、クラクションを鳴らしたところ、被告清*が菊*車の後部左窓から顔を出したので、菊*車を移動するよう促した。
イ しかし、被告清*は、クラクションを鳴らされたことに腹を立て、菊*車から降りようとして後部左ドアを開けたところ、それが原告車に当たり、原告車には右前フェンダー凹損等が生じた。この凹根等の修理費用には、5万8170円が必要である(甲23、34)。

3 本件事故の状況等

ア 被告清*は、菊*車から降車し、原告車内にいる原告野村との間で、クラクションがうるさいとか、車をぶつけたなどと言い合って口論となった。その状態は10分間程度続き、被告菊*も、菊*車から降りて原告野村と口論していた。この間、原告車は当初の位置に停止し続け、南大通は中央車線も半分程度が通行できない状態となり、後続車の進行を妨げていた。
イ このため、被告清*は原告野村に対し、原告車を菊*車の前に移動するように促した。このときの原告車、菊*者及び被告清*の位置は概ね別紙図面のとおりであった。被告菊*は、被告清*の背後辺りにいたが、菊*車を少し後退させようとに向かった。原告野村は、被告清*に促され、原告車をゆっくり発進させた。その直後、原告野村は、原告車が何かを踏んだ感じがしたため停止したところ、被告清*が左足を原告車に踏まれる本件事故が発生したとして、「踏んだ。踏んだ。」などと述べ、自ら携帯電話で救急車を呼んだ。なお、被告清*の身長は、約−七二センチメートルであった。

4 本件事故後の状況等

ア 本件事故後の同日午後4時30分から午後5時までの間、本件事故の現場において、中央警察署の警察官が、原告野村及び被告清*を立会人として、原告野村を被疑者とする業務上過失傷害事件の実況見分を行い、実況見分調書(乙イ八)を作成した。なお、実況見分は同月二〇日にも行われ、実況見分調書(甲11)が作成された。右事件は、原告野村に対する不足訴処分により、平成10年一月二九日に終局した(甲25)。
イ 被告清*は、本件事故当日の実況見分開始前に、救急車に乗り、中央区南27条西**丁目の藤*医院に搬送された。被告清*の左足は、右足に比べて多少腫れているという感じであった。同医院の医師は、傷病名を「左足挫傷」と診断し、症状等を「左足脊(背)の痔痛あり腫脹す」として湿布をして包帯を巻く治療をした。被告清*は、同年四月三日にも同医院に行き、医師の診察を受け、湿布をされた(乙イ四1ないし3)。被告
清*は、その後は何らの治療を受けていない。
ウ 被告清*は、この間の同月1日(本件事故の翌日)、原告野村と電話の際、原告野村の「喧嘩でしょ。喧嘩でやってね、その材料としてね、まぁ足を踏ませたわけじやない。」との問いかけに対し、「うん。」と述べて、本件事故が故意に足を踏ませたものであることを否定しなかった。また、被告清*は、鉄筋工の仕事をしていて、これを休業するかのようなことを述べた(被告清*が同月1日から富*塗装工業で塗装工の仕事をすることが決定している旨の発言はなかった。甲7、8A面)。原告野村と被告清*は、被告清*の要求により、同月4日にレストランで面談したが、示談はできなかった(甲5、8B面)。
エ 原告野村は、同年9月12日、札幌簡易裁判所に同年(ノ)第5150号民事調停事件の申立てをし、被告清*も、同年10月24日、同裁判所に同年(交)第39号交通調停事件の申立てをしたが、いずれの事件も同年中、不成立で終局した。
オ 原告野村は、同年11月25日、慰謝料200万円の支払いを求めて、本訴事件を提起した。被告清*は、平成10年2月19日、3か月の休業損害を含め87万5444円の損害賠償を求めて、反訴事件の訴えを提起した。
カ 原告野村は、医療器具販売等を行う************株式会社に勤務し、病院等に対する営業を担当し、平成9年には月額賃金47万3000円、年間給与支払金額775万5000円を得ていた(甲13ないし15、21)。原告野村は、同社からの本件事故に関する始末書の提出要求を拒否していたが、平成10年6月17日ころ同社に退職意向を伝え、同年8月20日ころ退職願を提出し、同年10月31日に同社を退職した
(甲17、21)。
キ 被告清*は、本件訴訟において、被告清*が鉄筋工の仕事を休業したではなく、本件事故前に既に富*利*の面接を受けていて、本件事故翌日の平成9年4月1日から同人の弟である富*英*が自営する富*塗装工業に就職予定であつたが、本件事故により就業できなかったとする書面(乙イ三)及び富*塗装工業代表富*英*名義の名刺(乙イ七3)を提出した。被告清*は、父清*武*が昭和59年5月に購入した肩書き住所地のマンションの部屋(リバー******マンション***号室)に父らと居住している。富*利*は、平成6年4月16日から同月23日までの間、その部屋に居住した旨の住民登録届出をしていた(甲31)。

二 認定事実に基づく判断及び補足説明

1 物損事故の発生原因及び賠償責任等(併合事件の請求)

ア 認定事実によれば、物損事故は被告清*の過失により発生したもので、原告野村は、これによって修理代金5万8180円相当の損害を被ったといえる。
したがって、被告清*は、右損害を賠償する義務がある。
イ 原告は、物損事故につき、被告菊*にも道交法七一条四号の三により被告清*と連帯して右損害を賠償する義務がある旨主張する。
しかし、右規定は車両の運転者に同乗者ドアを開くことによって交通の危険を生じさせないようにするため必要な措置を講じることを求めているものであるが、それが直ちに私法上の損害賠償請求権の根拠となるものではないし、認定事実によっても被告菊*に損害賠償の義務があるということはできない。
したがって、原告野村の物損事故についての被告菊*に対する請求は理由がない。

2 本件事故の発生原因

ア 認定事実及びこれに基づく推論によれば、次のとおり、本件事故は、被告清*が故意に発生させたものであると推認される。
すなわち、原告車が発進したのは被告清*の促しによること、原告車はゆっくり発進したこと、被告清*は、概ね別紙図面記載のような位置に立っていたこと、したがって原告車の後輪と被告清*の左足との間には若干の距離があつたこと、原告車の車高は169センチメートル、被告清*の身長は約172センチメートルであること、したがって被告清*が左足を伸ばして原告車の車体下に入れるといった特異な立ち方をしていなければ、被告清*の左足は原告車の右後車輪に踏まれるような位置にはなりにくいこと、そのような特異な立ち方をする理由は見当たらないこと、仮に、被告清*がそのような特異な立ち方をしていたのであれば、被告清*の身体は車体に接触する程度に原告車に接近していたことになり、原告車が動き始めて直ぐにその動きを感得できたこと、そうすると被告清*は直ちに車体から身体を離すことができ、これによって容易に左足が原告車にひかれるのを防止できたはずであること、被告清*がそのような動きをした形跡はないことなどからすれば、被告清*は、原告車が動き始める前又は動き始めた直後に原告車の車体下に左足を入れ、原告車が動いてその右後輪によって被告清*の左足が踏まれるのを認識していたのに、あえてそのままにして踏ませたものと推認することができる。
この点に関し、被告清*は、@本件事故が発生したのは、被告清*が移動を促した直後ではなく、左足を踏まれたのは被告菊*と話していて原告車から目を離していた際である旨主張する。
しかし、認定事実3イのとおり、原告車が動き始めたのは、被告清*の背後付近にいた被告菊*が菊*車の運転席に行って乗車しようとした時によりも前で、被告清*が移動を促した直後ということができるし、原告車が動き始める前の被告清*の言動(何をしていたか、誰と話していたか)についての被告清*の供述もきわめて曖昧であるうえ、被告菊*は本件事故直前に被告清*と話していたことを明確に否定する供述をしているのであって、右主張は採用できない。
ウ また、被告清*は、A本件事故翌日から富*塗装工業に勤務することが決定していたとして、被告清*があえて怪我をするこしかし、認定事実4ウキの事実に照らせば、被告清*が実際に富*塗工業に勤務することが決定していたことを肯定することができないから右主張も採用できない。
エ なお、通常の考え方によれば、被告清*が、受傷するにもかかわらず自らの左足を故意に踏ませないはずである。しかし、原告車の左後輪はゴムタイヤであり、それが被告清*の左足に乗っている時間はごくわずか(原告車の速度が時速三・六キロメートルで、
被告清*の左足幅が10センチメートルと仮定すれば、原告車左後輪ゴムタイヤが被告清*の足に乗っているのは0.1秒程度となる。)で、その圧力も1平方センチメートル当たり5キログラム以下程度となる(甲19参照)から、その受傷も軽微なものにとどまると考えられる。そして、被告清*の現実の受傷も、認定事実4イのとおり軽微なものであつた。また、被告清*は、その過失により物損事故を起こし、それによる損害賠償の義務を本件事故以前に負っていた。これらのことからすれば、被告清*が、自らの損害賠償義務を免れるため、故意に本件事故を惹起し、これによる損害賠償請求権に基づく相殺等を主張しようとすることはさほど不自然なことではないといえる。したがって、本件には右のような考え方は妥当しないというべきである。

3 被告らの責任(本訴事件の請求)

ア 以上によれば、本件事故は被告清*の故意によるものであるところ、被告清*は、これを原告野村の過失による事故であるように装い、その勤務先の会社から始末書の提出を求められるなどし、その結果、名誉を損なわれ、精神的苦痛を受けたといえる。そして、本件事故に至るまでの経緯その他前記認定判断に係る諸事情を総合考慮すれば、右精神的苦痛に対する慰謝料は30万円が相当である。
イ この点に関し、原告野村は、本件事故により勤務先の会社を退職した旨主張するが、本件事故と右退職との相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告野村に右退職による損害があつたとしても、被告清*にその賠償を求めることはできない。
ウ また、原告野村は、前記第二の二3(原告野村の主張)イ@ないしCの点から、被告菊*は被告清*を常助したもので、損害賠償責任を負う旨主張する。
しかし、@菊*車への被告清*の同乗の事実、A被告菊*が原告野村と口論した事実は認められるものの(それ以外の原告野村の主張に係る事実は認定するに足りる証拠がない。)、そのことから被告菊*が被告清*を封助したいうことはできないし、被告菊*に原告野村に対する損害賠償の義務があるということもできない。

4 原告野村の責任(反訴事件の請求)

ア 被告清*は、本件事故により、左足挫傷の傷害を負ったとして、損害賠償を請求する。
イ しかし、前記認定判断のとおり、本件事故は被告清*のであるから、被告清*がこれにより受傷していたとしても、原告してその損害の賠償を求めることはできない。
したがって、被告清*の反訴事件の請求は失当である。

5 よって、主文のとおり判決する。

札幌地方裁判所民事第二部

裁判官 笠* 勝*