福岡のケース - 飲酒で追突 海に転落した子供3人が死亡

2006年8月25日午後11時頃、 海の中道大橋(福岡市)で、乗用車に追突されたRV車が海に転落、乗っていた子供3人が死亡した。追突したクルマは前部が大破し、現場から300メートルほど先で走行不能となった。午後11時半頃、東署員は追突した車を運転していた福岡市職員(22)の呼気から0.25mg/lのアルコールを検知した。
その後の報道によれば、今林容疑者は1人で飲酒した後、午後8時頃から知人2人と生ビールと焼酎の五合(900ml)を1本と2本目の4分の1を、その後スナックでブランデーを飲んだと供述したらしい。

大阪のケース1 - 無免許引きずり

10月21日、大阪市北区梅田の交差点で堺市東区の会社員が車にはねられ、約3キロ引きずられて死亡した。 11月5日に逮捕された22歳の容疑者は無免許運転が発覚することを恐れて逃げたと供述したらしい。

大阪のケース2 - 飲酒引きずり

2008年11月、大阪市富田林市でミニバイクに乗った新聞配達中の少年がクルマに約6.6キロ引きずられ、死亡した。事件発生から約7時間後に容疑者が逮捕され、酒気帯び運転が発覚した。報道では「酒気帯び運転の基準値(呼気1リットルあたり0・15ミリグラム)以上のアルコール分が検知された」「7時間にわたり飲酒していた」と飲酒運転に問題を直結させているが、検知結果は報道されていない。

福岡のケースに続き、大阪でのひき逃げ死亡事故がセンセーショナルに報道されることによって、マスメディアによって作られる世論は、また冷静さを失っている。

飲酒運転狩り

交通安全のスポンサーは、ここぞとばかりに「飲酒撲滅!」といった伝統的なキャンペーンを乱発し、ファンとスポンサーあっての職業アナウンサーは、交通安全という大儀のキレイごとをくり返している。

このように、悲惨な死亡事故が大々的な報道されることによって、情緒的なニッポン人の感情はゆさぶられ、「もっと厳しく!」「飲酒運転は死刑にしろ!!」といった魔女狩りさながらの風潮が現実となっている。

しかしながら、感情はアルコール同様に判断を誤らせるものだ。ここは冷静に考えてみたい。

交通事故の発生要因

1杯のビール

交通事故が発生は、速度・前方注視・判断・回避操作など、クルマの操作を誤ることが主な直接の原因である。アルコールはクルマの操作に悪影響を与えているにすぎない。もちろん、少なからず脳に影響は与えるものの、悪魔がとり付いたかのように、自己の意思に反して体を動かすようなものではないのである。

警察判断はさておき、福岡のケースでの事故車両を見る限り、死亡事故にいたった最大の要因は、スピードオーバーにあると思われる。

大阪のケース2においては、酒を飲んで運転したことそのものが悪として報道されており、直接的な事故原因についてはいっさい触れられていない。その一方、「事故の直前まで7時間にわたり飲酒していた」と飲酒運転の悪質性ばかりが強調されている。

また酒量については 「酒気帯び運転の基準値(呼気1リットルあたり0・15ミリグラム)以上のアルコール分が検知された」としか発表されていない。呼気1リットルあたり0・15ミリグラムは、血中濃度にすると0・3mg/mlである。これは2002年の法改正前なら罰則がなかった酒量である。もし、2002年の法改正がなく、欧米のように許容される飲酒の量が広く知らされていたなら、大阪のケース2の加害者はちゃんと救護義務をはたしていたかもしれない。

とはいえ、現実問題、加害者の過失におけるアルコールの影響度を割り出すことは容易ではない。だから事故処理の実務上、警察官は事故の原因を点数の高い違反にしている。

警察がつくる事故統計

もし酒を飲んで運転しているときに、アルコールの影響とはまったく関係のない要因で事故になったとしても、酒気帯びによる事故として処理されているのである。

非科学的な交通捜査

厳しいニッポンの酒気帯び基準

国 名 血中濃度
(mg/ml)
アメリカ 0.8/1.0
カナダ 0.8
イギリス 0.8
スイス 0.8
シンガポール 0.8
フィンランド 0.5
デンマーク 0.5
スペイン 0.5
フランス 0.5
イタリア 0.5
ドイツ 0.5
オーストラリア 0.5
タイ 0.5
トルコ 0.5
アルゼンチン 0.5
ペルー 0.5
リトアニア 0.4
日本 0.3
スウェーデン 0.2
アルバニア 0.1
ICAP
Blood Alcohol Concentration Limits Worldwide より抜粋した。

飲酒運転厳罰化の効果は?

2002年改正の後、福岡の事故を追い風にして、警察庁は更なる罰則強化を2007年に法制化した。

にもかかわらず、大阪でのひき逃げ事故が世論となったことを契機に、警察庁は2009年6月を目標とする更なる厳罰化を推し進めている

このように2002年改正からずっと、警察庁は厳罰化のスパイラルを繰り返している。

  改正前 2002年改正
2007年改正 2009年6月
施行予定
刑事罰 3月以下の懲役
または
5万円以下の罰金
1年以下の懲役
または
30万円以下の罰金
3年以下の懲役
または
50万円以下の罰金
 
行政罰 血中濃度
0.5mg/ml超
6点 9点 13点 25点
0.5
から
0.3 mg/ml
規定なし 6点 6点 9点

同時にひき逃げ(救護義務違反)の罰則強化行われている。

  改正前 2002年改正 2007年改正 2009年6月
施行予定
刑事罰 3年以下の懲役
または  
20万円以下の罰金
5年以下の懲役
または  
50万円以下の罰金
10年以下の懲役
または
100万円以下の罰金
 
行政罰 10点 23点 23点 35点

スパイラルの入り口となった2002年改正で注目すべきは、酒気帯び基準の大幅な引き下げだ。これによって、改正前は違反ではなかったものを違反とすることができるようになったわけだ。ひき逃げの罰則強化が同時に行われたのは、酒気帯びの発覚をおそれて逃走するケースの増加が予想されたからだろう。

酒酔い・酒気帯び運転の検挙数ChartObject Chart 3
交通安全白書の記載データより作成
目的者募集

で、その結果はどうだろう。

警察発表の統計をグラフ化すると、飲酒運転の検挙数が現象傾向にあることがわかる。警察不祥事の多発時に検挙数が減少したのは別の理由であるが、法改正後も検挙数は着実に減少している。

なのに、ひき逃げの目撃者募集看板をあちらこちらで目にするようになった。

新聞には、毎日のように飲酒運転の記事が並んでいる。これら事故の多くは物損や軽傷事故で発覚したものだ。

さらに酒気帯び運転が発覚しただけで懲戒免職にするとかしないとか、そうした記事がうんざりするほど並ぶようになっている。

まるでアリの巣に水を注いだかのような大騒ぎだ。

ここは重大事故だけをもって、安易に厳罰化に結びつけるのではなく、マクロ的な視点から全体を捉えるべきである。

しかしながら、警察庁はひとつの重大事故でアツくなった世論の追い風をうけて、大きな網のなかでの厳罰化を繰り返している。

ここでスパイラルの入り口となった2002年にさかのぼり、そこ導入された大きな網と厳罰化の前後状況をみてみよう。

ひき逃げが増加した要因

2002年(H14)改正では飲酒運転だけでなく、ひき逃げも厳罰化されたが、ひき逃げは逆に増加している。そして、ひき逃げ事件が明らかに増加したのは、警察不祥事が多発した1999年(H11)から2000年(H12)にかけてだ。

この統計が示しているのは、罰則強化が裏目にでることがあるということ、それから、警察が信用されていない時に悪質なケースが増加するということだ。

このようにひき逃げ増加の背景には警察不祥事の多発があったわけだ。にもかかわらず、大きな網と厳罰化によって、それを抑えようとしたのが2002年の法改正である。

はたしてこのやり方はうまくいったといえるのだろうか?

厳罰化の副作用

 

センセーショナルに報道され、情緒的な日本人のハートを揺さぶるのは、いつも悲惨な死亡事故だ。そして、罰則強化の世論がおこり、大きな網が広げられてきた。

しかしながら、事故の内訳は左図のような構成となっている。ちなみに警察庁は物損事故については、データさえとっていない。警察白書で発表されるのは、医師の診断書が添えられ、そして人身≠ニなった事故のデータだけだ。

テレビで大々的に報道される極めて少数の悲惨な死亡事故ではなく、まいにち大量に発生している軽微な交通事故に対し、厳罰化が与える影響を考えてみたい。

取り上げるのは、2002年(H14)改正直後に発生したどこにでもある追突事故だ。

凶暴な被害者

ふつうなら警察は、私(赤)の前方不注意や速度を疑うはずだ。青いクルマが酒気帯びだったから、警察の関心はそこだけに集中した。私も完全なる被害者としての扱いを受けることができた。
さて、 酒気帯びで逮捕されたのは、20台前半の工場勤務者(Bさん)。追突された灰色のクルマの運転手は30際前後のおとなしそうなサラリーマン(Aさん)。
Bさんは留置所なので、私はBさんの父親にクルマの修理代の話しを持ちかけた。すると、「Aさんの電話が怖くて妻が寝込んだ」「呼び出されて恫喝された」「息子の勤務先に辞めさせろと電話してきた」と困っている様子だ。
ちなみにBさんもBさんの父親も、ともに地位や学歴があるようには見えない。実直な職人という印象だ。

加害者天国/被害者天国

残念なことに、加害者から徹底的にむしり取ろうとする被害者は決してめずらしくない。軽微な事故においては、被害者天国≠ニいえる状況なのかもしれない。
重大な事故においては、量刑が甘いことによる加害者天国≠ェ存在し、その一方、軽微な事故においては、捜査が甘いことにつけこんだ被害者天国≠ェ存在するわけだ。
この問題は、自賠責制度の問題を洗うことから始めなければ、いつまでも解決することはないだろう。

非科学的な交通捜査

逃走による被害の拡大

再現動画

赤いクルマは筆者である。突然、目の前にクルマが出てきたのでブレーキの間もなかった。クルマをおりると、誰かが青いクルマのドライバーに罵声をあびせていた。そしてようやく、飲酒運転のクルマ(青)が逃げようと無理なUターンをしたところに私のクルマ(赤)が突っ込んだことがわかった。

なお、クルマ(青)とクルマ(灰)の追突はたいした事故ではない。これはクルマ(青)の前部に写真で判別できる傷がないことからわかるはずだ。

やがて警官が駆けつけ、青いクルマのドライバーは逮捕された。怪我があるようだが、警官も加害者にはおかまいなしだ。一方、被害者となったクルマ(灰)の同乗者は、首が痛いと言い出し、救急車を呼びつけた。

もし厳罰化されていなかったら

青いクルマが逃げようとしたのは、飲酒運転の発覚をおそれたからにほかならない。

飲酒ひき逃げの損得勘定

もしも厳罰化されていなかったら、この運転手は無理に逃げようとしなかったかもしれない。それにぶつけられた方だって、壊れたものを元どおりにしてもらうことが第一で、処罰は二の次のはずだ。

残念な事故の被害者が相手の処罰を望むのは、原状を回復することができないからではないだろうか。

被害者が望む順番(予想)

  1. 原状回復または補償
  2. 謝罪
  3. 加害者への処罰

対して、安易な厳罰化には次のような副作用がある。

  1. 酒気帯びが下がったことで加害者の任意保険が使えず、補償してもらえない。(なお自賠責は飲酒運転でもおりる)
  2. 加害者が逃げてしまい、補償してもらえなくなる。
  3. 加害者の無理な逃走によって、別の事故が起きる。

メル・ギブソン 飲酒運転で逮捕

2006年7月28日、カリフォルニア州マリブのパシフィックコーストをドライブしていたところ、スピード違反でL.A. County Sheriff's Dept.のシェリフに停止させられ、飲運転が発覚した。 逮捕されたメル・ギブソンは、翌日5000ドルの保釈金を払って保釈された。

なお、カリフォルニア州のBACレベル(酒気帯び基準)は0.8mg/mlなのに対し、測定値は1.2mg/mlであったと伝えられている。
Mel Gibson Busted for DUI(TMZ)
Drink-driving Gibson says sorry(BBC)
※BAC(血中濃度)の単位は国によってさまざまだ。アメリカでの単位はg/ml。これは、日本や欧州で使われる単位(mg/mL)で表記した場合の10分の1に見えて混乱しやすい。
メル・ギブソンのケースは、単位なしで0.12や0.12%と報道されている。これを日本式にすると血中1.2mg/mlとなる。

メル・ギブソンが飲んだ量

(酒気帯びアラナイザーによる試算)
体重100キロのメルが缶ビール1本と濃い目の酎ハイを5本飲んでから2時間後に測定された

大きな網よりも

2002年(H14)の飲酒運転厳罰化の原動力となったのは、大型トラックの職業ドライバーによる追突事故である。福岡のケースは22歳の福岡市職員、大阪のケース2も22歳の若者だ。

ちなみにアメリカの酒気帯び基準は、血中濃度0.8〜1.0mg/mlとなっており、日本の0.3mg/mlよりもずーっとゆるい。ただし、職業ドライバーは0.4mg/mlと低く設定されている。

また、オーストリア、オーストラリア、カナダ、クロアチア、イタリア、マケドニア、ニュージーランド、スロベニア、スペイン、そしてアメリカでは、特定の年齢以下あるいは免許のグレードによって、BAC(血中濃度)のレベルを標準より低く設定している。

世界的にみて日本の酒気帯び基準は十分に低いし、事故ったときの罰則は、社会生命を絶たれるほど重い。その一方、酒気帯び基準は、訳分からない数値(血中0.3mg/ml、呼気中0.15mg/l)だけで、欧米のように具体的に示されていない。

酒気帯びアナライザー

こうした内容にドライバーの理解が得られないまま、副作用が起こっているのではないだろうか。

残念なことに、タテマエ社会の日本ではこうした不満を表に出すことができない。そして規制強化の悪循環が続き、ドライブが憂鬱な国になってしまったのだろう。

なお、アメリカは世界でもっとも酒気帯び運転に寛容な国であるが、酒類の販売はとても厳しい。若く見られる人が身分証明を提示しないと本当に売ってくれません。こうした供給者のアクションは、社会的な義務として自然に行われている。いわば、供給サイドでの水際みずぎわ作戦が機能してるのだといえる。

それが日本では、酒やタバコの自販機が乱立し、コンビニに「身分証明の提示をお願いすることがあります」と消極的な看板が置かれるようになったのは今世紀に入ってからだ。実際に提示をもとめている様子を私は見たことはない。

Reference

Internatial Center for Alcohol Policies - ICAP
http://www.icap.org/
Issue 11, May 2002: Blood Alcohol Concentration Limits Worldwide (PDF 162KB)

水際みずぎわ作戦なしに、売ったもん勝ち的に垂れ流し、その結果、エンドユーザーに発生した事件ばかりが追求されているように見えて仕方がない。これはもう、国家的なマッチポンプと言ってよいのかもしれない。